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Channel: いよいよおじさんの雑記帳
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樹木希林さんの訃報に接して・・・。

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拙い我がブログの記事のアクセスランキングを見ましたら、2014年4月に記事にした樹木希林さんの富士フイルムのCMのことを書いたものが62人の方がアクセスされていました。
先日15日に75歳で亡くなられたことで樹木希林さんの記事に訪問されたと思います。

ほんとに貴重な女優さんが天国へ旅立ちました。
連日情報番組では樹木希林さんの過去のいろんな内容のことが放送されていたようです。

9月18日付けの産経新聞コラム「産経抄」にも樹木希林さんのいい事が書いてありましたので紹介いたします。

40年以上も別居していたロックミュージシャンの夫、内田裕也さんと、なぜ別れないのか。女優の樹木希林さんは、これまで何度も聞かれた。樹木さんは若い頃から、仏典に親しんできた。
 ▼不登校の情報紙、「不登校新聞」のインタビューで、いきなりお釈迦(しゃか)様の話を始めている。ダイバダッタという、師に背き命まで狙う弟子がいた。困り果てたお釈迦様は、ある日気づく。「ダイバダッタは、自分が悟りを得るために難を与えてくれる存在なんだ」。
 ▼樹木さんにとって内田さんは、そんな「有難(ありがた)い」存在だった。左目の失明や全身に転移したがんもまた、自分を成熟に導いてくれる難ととらえた。樹木さん自身も、かつてはダイバダッタだった。文学座時代は、大先輩の名優、杉村春子さんに盾突いた。盟友だったテレビプロデューサーと出演女優の不倫を暴露して、大騒動に発展したこともある。
 ▼75年の人生は波瀾(はらん)万丈だった。晩年の映画での名演技は、国際的にも高い評価を受けた。小欄の記憶には、ドラマ「寺内貫太郎一家」の「きん」おばあさんや、富士写真フイルムのCMが強烈に残っている。
 ▼部屋に張った沢田研二さんのポスターの前で、「ジュリィーッ」と身もだえする。CMでは、「そうでない方はそれなりに写ります」の名コピーがあった。いずれも台本にはなく、樹木さんのアイデアだったと知って驚いた。
 ▼冒頭のインタビューは、『学校に行きたくない君へ』(ポプラ社)に収録されている。もう一つ、樹木さんが子供たちに残した、とっておきの言葉を紹介したい。「お釈迦さんがね『人間として生まれることはきわめて稀(まれ)なことだ』と言ってるの。だったらね、生き続けなきゃ、もったいないじゃない」


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樹木希林さんのご冥福をお祈りします。

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